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花猫がゆく

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「男女という制度(21世紀 文学の創造7)」斎藤美奈子/編(岩波書店)

◆肉球も鶯餅も好きですが

 こういうの、何で言うの? アンソロジー? 以前、一番はじめに書いてる川上弘美という人の文章だけぱらぱら読んで、げー、となり、「読む必要なし」と判断したんだけど、ちゃんと1冊ぜんぶ読んだら他のは面白かった。要するに、女性文芸評論家である斎藤美奈子氏は、若い女(の小説家)に弱いんじゃないかなあ?なんて思ってしまった。だって、9人の執筆者の中で2人だけくだらなくて、この二人だけが「若い女の小説家」なんだもん(ここでの「若い女」は年が若いという意味だけじゃなく、自分のこと「あたし」とか呼んだりする人のこと)。ま、女性作家に期待してるってことなのかもしれない。

 それ以外はジャンル的にもバラエティに富んでるし、それぞれ含蓄深く面白かった。なんでここに「あたしのひとりごと」が場違いに加わるかなあ。

 ジャンル小説の話やら少女小説の話やら児童文学の話やら、それぞれ面白かったんだけど、結構笑えたのが巻末の「ジェンダー・フリー教材を探しに」という一文。執筆者は金井景子という学者さん。ジェンダー・フリー教材のケーススタディとして、桃谷方子「百合祭」と川端康成「眠れる美女」を比較対照するというもの。テーマはズバリ「老人の性」ってかんじ?ご本人も書いておられるように、これ教科書にって、絶対ムリって内容なんですけど…。

 私はどっちも読んでなかったので、それぞれの小説の内容が面白くて。「眠れる美女」のほうは、フェイドアウトしてゆく老人(男性)の性に焦点を当ててて、「百合祭」は逆に女性側からの視点でという話なんだけど、「耽美度」がぜんぜん違う〜。川端康成だから当然といえば当然だけど、描き方美しすぎ。「安心できるお客様」にだけ口コミで紹介される秘密の娼館で、睡眠薬で眠らされた処女と添い寝する…って、おい。

 転じて「百合祭」の方は、何というか実験的といいますか、けっこうファンタスティックで爽やかで斬新ではあるのだろうけど、ちょっと困る。79歳のプレイボーイが老婦人たちと次から次へとやりまくる(?)、って話らしいんだけど…猫の肉球のような鶯餅のようなと言われてもなあ…(なんの比喩かわかりますか?)。

 何が引っかかるのかな。男の性は描かれ慣れてるけど、女のしかも老女の性なんて描かれたことないからか? でもね、セックスシーンで百合の花の開く微かな音が聞こえた、なんて、なんだかいにしえの少女マンガみたいで。そういうシーンになったらいきなり薔薇の花のコマになるとかさ。そうそう、「萌え」ないんだ、「萌え」が(川端康成はけっこう「萌え」る)。どうしても理念的な感じがするんだよね。ああ実験的ね、とか斬新ね、とか。

 どうせおとぎ話なら、もっと徹底して少女マンガ風に描いたらどうなんだろう。老年の性を。けっこういけるんじゃないか? ていうか、札幌の古風な洋館にふらりとやってきたプレイボーイって設定は、すでに少女マンガなんだろうか。

 ちゃんと読みもせず引用だけ見て好きなこと言ってるな、私。「百合祭」は映画にもなってかなり話題にはなってたし、評価は高いのだと思う。

 それと、「ジェンダー・フリー」って変な英語だと思うんだけど、英語として正しいのかな。「ファット・フリー」とかの言い方があるから、ジェンダー抜きって意味になりそうだけど、そんなのあり得ないと思うんだけど。

 たまたま昨日立ち読みした本に川端康成のエピソードが書いてあった。川端康成は無愛想でコワイ人で有名で、写真家である著者もなかなか思うような写真を撮ることができなかった。が、一度女優を連れて川端邸を訪ねたところ、珍しく上機嫌だったという。「まあまあ君たち食事でもしていきたまえ」とか言って、すき焼きをご馳走してくれた。その上その女優が「まあ、素敵なお皿ですねえ」とか言って肉の載った伊万里を誉めたところ、彼らが帰るときには玄関にその皿が包んで置いてあった。「差し上げますよ」って。
 なーんだ、単なる美人好きだったのか、と思いました。さすが耽美作家。

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