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花猫がゆく

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「在日コリアンのアイデンティティと日本社会―他民族共生への提言」

 少し前に発行されたものなのだが(二〇〇一年刊)、よい本なのでご紹介したい。

 アンソロジーであるこの本の三番目に収録されている「在日コリアンのアイデンティティと精神障害―特に在日症候群について」に、ほとんどショックを受けた。著者の金長壽氏は福岡県でクリニックを開業されている精神科医。自らも在日二世であり、周囲に在日が比較的多く居住していることから、在日の受診が他と比べて多く、その中で見えてくる「在日の人びとのアイデンティティ問題や精神障害の特性」についてまとめられている。

 何にショックを受けたかというと、この中で述べられている在日コリアンの症例が、決して特殊なものではないということにである。もっと言うならば、私の身近な存在、私自身や私の家族にも思い切り当てはまることが、きれいにまとめて書いてある、ということにであった。

 自分語りになって恐縮だが、私は自分の境遇や性格形成、家庭環境、家族に起こった出来事などは、単なる個別の事例、人それぞれに異なる人生の綾なのさ、と思っていた。在日であることはその要因の小さなピースの一つに過ぎないと思っていた。それが金氏のまとめられた類型にすっぽりはまってしまう驚き。なんだ、問題の多くの根本は、在日に生まれたことにあったのか!知らなかった。そういう感じである。

 在日の若者は往々にして「性格が暗く、また、屈折した感情をもっている」「なかなか心と心が通いあわない、どこか心の中に壁を作っていてそこから中へ入り込めない」「猜疑心が強い」「被害者意識を持ちやすい、理屈っぽい」傾向があると金氏は言う。これは私の実感からしてもかなり確かである(「在日であることの不幸」が減少したせいか、最近の若者は必ずしもそうではないが)。その上この傾向は個々の知能レベルとは関係がない。よくものを考えるから屈折するとか猜疑心が強くなるというわけではないのだ。実際、私の兄弟のうちのひとりは、かなり教育レベルは低いが、猜疑心と被害者意識のかたまりであった。親を憎み呪詛を吐き、とうとう家族の縁も切り、妻子を残して行方知れずになってしまった。不幸な人だと思った。私はこれも単なる「個別の事例」だと思っていた。それが金氏の言う「在日症候群」だとはまるで思わなかったのである。

 金氏の引いている「在日症候群」の症例は物凄く不幸である。私など、その状況がわかるだけに、読んでいて涙してしまった(それに比べて金氏の書いている、自身の子供たちの幸せさがまぶしい。親や境遇によって同じ在日でもこれだけ違う運命なのかっ、と違う意味で涙ぐんでしまう)。「文句を言うな、自分が恵まれないのは努力が足りないせいだ、自分以外の何かのせいにするのは間違っている」などと言う人がいるが、所詮恵まれた者のたわごとだと痛感する。人は自分のあずかり知らぬ要素によって謂われのない不幸に陥ることがあるのである。

 在日症候群の人はまた、精神疾患を呈しやすいという側面がある一方で、ある特定の分野で、ある特定の能力を発揮し、社会的指導者となる場合がかなり見られる、と金氏は言う。「これには、本人の努力と周囲の暖かい眼差しと協力が必要ですし、幸運に恵まれることも大切な条件です。(略)社会的に成功し、さらに社会的リーダーになる人は、幸運で能力のあるほんの少数に限られるのが実情です」

 この部分を読んでから、この本の冒頭に収められているグ・スーヨン氏のエッセイに目を転じると実に味わい深い。まさに金氏の挙げる「社会的に成功し、さらに社会的リーダーになる人」の実例であるグ氏は、「生き方のコツ」として、「マイノリティに生まれた幸運を最大限またはそれ以上に活用せよ」と言っている。そういわれても私は、自分の「幸運」を活用できずに潰れてゆく人たちにどうしても同情を禁じ得ないのである。

(KOREA TODAY 12月号掲載)

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