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花猫がゆく

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「在日外国人と帰化制度」浅川晃広

◆気持ちは分かるが

 「うーん、不思議だ」と思った点がいくつかあった。とうか、本を読み終わっても何かすっきりしない気分が残るというか。

 まずは特別永住者とニューカマー(韓国・朝鮮籍以外も含め)が同列に論じられている点。これはちょっと無理があると思う。旧植民地出身者の子孫で何世代も日本に居住し「自分が韓国人であることさえ大人になるまで知らなかった」などという人も珍しくない(らしいのだ。驚いたことに)在日と、日本語もままならないようなニューカマーとは状況が違いすぎる。同じように帰化を語ることにはかなり違和感がある。

 民族名でアンケートを送付したことに対しても多くの「厳しい苦情」が寄せられたという。これはしごくもっともなことで、私も同様の経験をしたことがあるが、言いようもなく不愉快だった。どうやらすべての帰化者の住所氏名が載るという「官報」には「昔の名前」しか出ていないようである。しかし第一章「帰化許可官報告示の分析」のどこを読んでもそれに関する記述はない。ただ「氏名」と書かれているだけだ。物凄く重要な部分であると私は考えるがどうだろうか。

 もし官報に昔の名前しか載っていないのなら、なぜアンケート文面でそれに関する釈明と謝罪をしなかったのかがまた不思議だ。当然ながら誰もが民族名を誇りに生きてはいないだろうし、帰化をするような人なら尚更である。どうしてそこに配慮しなかったのかしら。

 例えば本書の中の「本名で質問票を送付した」という書き方などにも同様の違和感を感じた。だってその名前、もう本名じゃないじゃん。その方たちは苦労して帰化というイニシエーションを終え、日本人としての「本名」を持っておられるはずだ。今さら忘れたはずの、というか生まれてからほとんど使ってもいないかもしれない民族名で手紙が来たら、そりゃ怒るわな。

 在日韓国・朝鮮人の歴史的背景・成立過程にほとんど触れられていないことに関しても不思議に思った。これはこの本の中で肯定的に引用されている鄭大均氏の「在日韓国人の終焉」を読んだ時にも強く感じたことなのだが・・・。

 この本の長所として、自由記述欄の回答を多く載せていることがあり、帰化者の生の声がよくわかる。これはどれもこれも本当に「あ〜わかるわかる」の連続で、思わず涙ぐんでしまうほどだった。しかしこの自由記述欄の引用のあとには必ず「(○歳代、韓国籍、日本生まれ、永住者、男性)」とかいう属性がつくのである。細かいことではあるが、「韓国籍」の前には「元」をつけるべきだろう。インドネシア籍でも中国籍でも同じことだ。今この人たちは、「日本籍」のはずなのだから。

 著者は「特別永住者の届出制帰化」に反対のようである。要するに、帰化制度自体をもっと開かれたものにし、簡略化し、特別永住者以外の外国人も帰化しやすくすべきだ、というわけらしい。

 しかし特別永住者は文字通り「特別扱い」するべきだと私は考える。わざわざ「私、日本人になりたいんです。お願いします、してください」なんて「お願い」する立場の人たちではないのだ。逆に日本政府から「今までご不便をおかけしてすんませんでした。ご希望なら日本国籍になってください、どうぞどうぞ」とへいこらされて然るべきなのである。それくらい、特別永住者は世界でも稀有な存在であり、他国の移民事情と同列に論じることはできない。

 いずれにしろ、特別永住者は加速度をつけて減りつつある。自然に先細りになって消えてくれることが日本政府にとっては一番都合がいいことだろう。生きる歴史の証人という存在意義もまた、在日にはあると考える。

(KOREA TODAY 2月号掲載)


*上記の書評について著者から意見が寄せられました。こちらです(氏の希望により、氏のサイトにリンクします。当方のサイトへの掲載は承諾していただけませんでした。すでにKOREA TODAY 6月号に掲載済みのものなのですが…)。

◆浅川氏への返答

 (※以下は浅川氏の「反論(意見)」とともにKOREA TODAYに掲載されたものです。なお、KOREA TODAY誌上では「意見」ではなく「反論」と記されていたため、以下ではこれに合わせて「反論」と記しています)

 浅川氏の「反論」への返答として、必要なことだけ簡潔に記しておきたいと思います。

 ご指摘の、71頁、177頁、21頁、3頁、凡例、第1章、終章、すべて読んでおります。読んだ上での書評です。浅川氏は「書評ではない」「読めていない」と仰っていますが、氏にとって「読めている」とはどうやら「著者の都合の良いように解釈をしてもらう」ことのようです。それでは批評は成り立ちません。

 分析の中でグループ分けをしているから、終章において「やはり、日本出生者と海外出生者の帰化した背景で相違が見られた」と結論づけているから、分けて論じている、という主張はいかにも強引です。「背景で相違が見られ」るなど、当然のことです。しかも氏は「そもそも、この文章執筆者のように、それについては承知している読者を基本的に前提としている」と仰っています。それについて承知している読者を前提としているならば、「背景で相違が見られる」ことも当然の前提です。ならばこれを立脚点として、ここから論をはじめるべきではないかと申しているのです。

 同列云々の件ですが、氏は「反論」の中でこうも述べられています。

 ここで、本書のタイトルをよく見ていただきたい『在日外国人と帰化制度』である。もう一度言おう『在日外国人と帰化制度』である。在日韓国・朝鮮人問題「のみ」の本ではない。「まえがき」の冒頭から「本書は、現代日本における帰化の実態について明らかにするものである。」(3頁)と書かれている。
 ゆえに、本書で詳細に「在日韓国・朝鮮人の歴史的背景・成立過程」に触れることの意味はどこにあるのか。

 ここから読みとれるものは(もちろんそれは本書を読んでも理解していたことではありますが)、在日韓国・朝鮮人だけを特別に扱うのではなく、帰化制度全体を俯瞰的に論じる、という視点です。これはこれで結構ですが、この意味において氏は在日韓国・朝鮮人とニューカマーを同列に論じていると解釈できるでしょう。わざわざそこを否定されるのが不思議です。

 加えて言うなら、在日外国人の帰化の実態についての本なのだから、詳細に在日韓国・朝鮮人の歴史的背景・成立過程に触れることの意味はない、と浅川氏は述べておられるわけですが、帰化者の中で依然多数を占め、今に至るまで「帰化」という制度に最もシビアに直面し続けてきた在日韓国・朝鮮人の歴史に触れることは、帰化を語る上で本当に意味がないのでしょうか。社会制度は歴史抜きには語れないはずです。

 官報記載の氏名についてですが、氏は「自明である」と仰っていますが、自明であるとは思えません。昔の名前「だけ」が載っているとの記載はどこにもありません。わざわざそこまで書く必要はない、と仰るのであれば、在日について本名・通称名の重要度を軽く考えておられると思わざるを得ません。それこそが本書に感じた「違和感」に繋がるものです。

 次に「凡例」の件ですが、当方も凡例は「知って」おります。当方が言いたかったことは「凡例で断っているかどうか」ではありません。苦労をして日本国籍を得た方への配慮の問題を言っているのです。いくら凡例で記したからといって、自分の言葉のすぐ後ろに「韓国籍」と書かれていたらどういう気持ちになるだろう、ということです。

 その配慮のなさは「もと本名」でアンケートを送られたことについても伺えます(書評においても書いたことですが…)。それしか方法がなかったのなら文面でその点を謝罪・釈明するなどという配慮があって然るべきなのではないでしょうか。少なくとも私は(本書の中でも「厳しい苦情」が相次いだと書かれていますが)「もと本名」で郵便物を送られてきた方々の怒りがよくわかります。

 浅川氏は当書評を「批判」ととられたようですが、当方は本書を全否定しているわけではありません。研究としての正当性は認めております。前向きに捉えていただきたい問題点を指摘したまでです。「書評」であろうが「文章」であろうが当方はどちらでも構いませんが(それが「書評」かどうかを判断するのは著者ではなかろう、とは思いますが)そう捉え直していただきたいものです。

 しかしこの「反論」については、礼を失していると言わざるを得ません。

 浅川氏は当方の「読めていない」「日本語の運用能力に問題がある」「漢字の意味を知らないらしい」といったことばかりを問題にされています。この「反論」のどこからも、氏の考える帰化制度への問題意識は見えてきません。それが残念です。

(KOREA TODAY 6月号掲載)


 後日談◆何というか…。KOREA TODAY掲載後も当方を非難する(それも子供のような論法で)メールを何度も送ってこられたので、メールのやりとりではらちがあかないと思い、メールを当方サイトに掲載する許可を求めました。氏のご意見をそのまま皆さんに見ていただくのがいいと思ったからです。当然、快諾していただけるものと思ったら、手紙に著作権があるのを知らないのか、などとおっしゃり、承諾していただけませんでした(人に見せられないような内容のものを送ってきていたのか、と私は少なからず驚きましたが…)。それでも当方の意見に納得がいかれないご様子で更にメールを送ってこられるので、氏の所属されていた大阪大学で機会を儲けるので、公開で意見交換しましょう、と提案しました。すると、私が提案しているのだから、私がすべて経費を負担するなら、とおっしゃります。阪大の教室を借りるのにお金はかかりませんから、外国在住の氏の旅費、ということでしょうか(氏は夏に帰国予定のはずでしたので、旅費を私が負担するいわれはありませんし、きっと違いますよね)。
 つくづく不毛に感じ、阪大関係者数人にお話を伺った上で、新幹社の社長に相談し、やっとメールはフェイドアウト。困った人でした。

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