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「火花」鮮于煇◆ストイックな美しさ 正直言って、私は韓国製フィクションは苦手なほうだ。韓国の映画や小説、ドラマなどに頻出するパターンが「たまらん」からである。例えば、 １．かわいそうな女のお話 なんかが余りにも多すぎる。韓国の映画なんか見ていて上記のパターンが出てくると、「お、きたきた！」と思う。３に関しては時代ものが中心だけど、日帝時代程度なら平気であり得る。４に関してはもう、私は韓国映画をよく見る人ではないけれど、私が見た数少ない韓国映画の中で最後に主人公（または相手役）が死なない結末を見たことが一度もないくらいである。「冬のソナタ」は死にオチではないらしいが、そもそもヨン様は「死んだはずの」という設定だし、聞く話では当初のシナリオでは主人公は最後に死ぬ結末だったのが、視聴者のリクエストでハッピーエンドに変更されたとか。さもありなんである。 韓国製フィクションの特徴としては（なんて偉そうに言えるほどよく知らんのよ本当は）詩情とか幻想性とかいった面もあって、こっちは私は結構好きなのだけど、これらと上記のパターンが合体して一昔前には「コリアンエロス」なんてとんでもない映画ジャンルもあったことだし、やっぱりあんまり近寄りたくない。 というわけで韓国小説も今まで敬遠してきたんだけど、こわごわ読んだこの作品集、すっごく面白かった。偏見は持ちたくないものです。実際には鮮于煇氏の小説には上記のどのパターンのお話もあるのだけど、それに収まらない深みがある。「日本統治時代から朝鮮戦争に至る苛酷な時期を、誠実に生きた人々」と宣伝コピーにはあり、まあお話はその通りではあるんだけど、もっとそこからこぼれ落ちるいろんなものがある。 私が一番好きなのは、氏の描く濃密な人間関係である。医者とジャーナリスト、詩人と小説家、（これは他の本だけど）上司と部下、北と南の兵士。これらの登場人物が交わす会話の濃いこと濃いこと。特に『黙示』という作品の後半、主人公と詩人の息子が交わす一期一会の会話は、ほとんど妖しいばかりである。他人を愛することができないから、醜い人間の一瞬の美しさだけを見たいから、地方廻りの医者をしている、と言う詩人の息子に主人公はこんな気のきいたことを言う。 「欲張りでいらっしゃるなあ。そんな風に、人が善良で美しい瞬間だけを独占しようとなさるとは」 かーっ、という感じで、かなりツボに入ってしまった。「私はこの医者の血筋が断絶するのは惜しい気がした」なんて普通なら読んでて不愉快になりそうな言い方も、氏が書くと実に美しく、うんうんと納得してしまうのが不思議である。 単に表面的な美しさを描くにとどまらず、ストイックで素晴らしい人間に描かれている人物の隠されたサディズムにまで言及するなど、かなり洞察は深い。このへんキリスト教の影響もあるのだろうが、印象的なのは氏の物語へのつき離し方だと感じた。寓話的な語り口は氏の作品の特徴なのだろうが、物語にも登場人物の感情にも作者は決して耽溺することがないように思える。いつも語り手がすーっと引いているのを強く感じるのだ。なぜなんだろうと思って読むのだが、例えば『胡蝶の夢』で目を瞑って自分はいないと念ずる子供や、『黙示』の中の唖者のふりをする詩人、人の醜さに敏感でそれを見ないがために放浪を続ける医師、『火花』の運動に熱狂する人々を「革命請負業者」と冷たく評する主人公など、どうもこれは鮮于煇氏自身のすべてに通底するあり方のようだ。つき放さずにはいられない、のだろう、きっと。 熱狂も醜さも愚かさも憎しみも、愛と絶望をもってつき離す、そんな感じがした。鮮于氏は八六年に亡くなっている。作家であると同時に著名な政治記者でもあった。小説の登場人物のように、ストイックな正義漢だったのだろうか。 （KOREA TODAY 10月号掲載） |