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花猫がゆく

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マルセ太郎のビデオを見た

◆人情話

 マルセ太郎の三周忌ということで、京都でビデオを見るイベントがあった。Hさんが連れて行ってくれた。Hさんという人は、フォークソングの名曲「山谷ブルース」の二番までの歌詞の本当の作者の人で(他のサイトでも実名入りで曝露されてるからいいだろう、もう書いても)今はレナード・コーエンばりの歌を歌ってたり、バイオリンを弾いてたりする。この間はイラク攻撃反対のデモにも参加していた。

 関係ないけど、ほんやら洞という喫茶店でお昼を食べていたら、「あ、これワシや」とHさんが壁を指差して言う。見ると、「拾得30周年」のポスターが。拾得というのは酒蔵を改造した京都の老舗ライブハウスなのだけど、そのポスターに映る拾得設立当時のメンバー(工事をした人たち?)の写真の中に彼がいるというのだ(もちろん、30年前の写真)。まあ、そういう人である。

 で、マルセ太郎だけど、彼は撮影されることを好まなかったらしく、彼の「スクリーンのない映画館」という一人芝居(?)のうち、ビデオで残っているのは「泥の河」「生きる」「息子」のたった三本のみらしい。この日上映されたのは、そのうちの「息子」。元ネタは山田洋次監督の映画。

 中身については、文句のつけようもない。見る価値があると思う。会場の雰囲気も、なんというか、年配の人が多くて、善意に満ち満ちた雰囲気。足元が寒くてくしゃみを五回連続でしたら、後ろの女性がカイロをくれた。そういう暖かい雰囲気だったのだ。

 マルセ太郎とは関係ないけど、その「息子」っていう映画について、これもまたなんちゅうか、山田洋次らしい映画のようで。浅田彰が吉本ばななの小説を評して、「若いひとの人情話」と言っていたらしいけど、言ってみれば山田洋次の映画って、「年配のひとの人情話」だよね、たぶん。文句を言う気はさらさらないけどね。

 主人公の息子が聾唖の女の子に一目惚れするんだよ。あんまり別嬪なんで。彼女が聾唖だと知った息子は、それについて茶々を入れる田中邦衛に「聾唖の人、いいではないか!」と(方言で)啖呵を切る。田舎から出てきたお父さんにも「おれ、この人と結婚するから。誰が何と言っても結婚するから。絶対に結婚するからね!」と(ほんとは方言でなんだけど)言い切る。

 いい話なのである。人情話だから。でもね、21世紀に生きる私は何だかもにょってしまったよ。泣いたけどね、そりゃ。マルセ太郎うまいし。でもね、「いいではないか!」と彼が叫んだのは、きっと彼女が美人だからだよねえ。美人だから一目惚れしたんだし。じゃあ彼女がブスな聾唖の人だったらどうだったんだろう。だってさ、二人は一度も会話してないんだよ。聾唖なんだから。息子が彼女に惚れたのは、彼女の性格がいいとか気が合うからとかではなくて、顔がいいからなんだからなあ。

 そういや、昔もそういうこと思ったことがある。「愛は静けさの中に」だか何だかいう映画の中で、主人公のウイリアム・ハートが聾唖のすごい美女と結ばれるんだ。二人で美し〜く手話で愛を語り合ったりして。この女優さんは本当の聾唖で、しかもこの映画の撮影の後、実生活でも相手役のウイリアム・ハートと結婚してしまうのである。私はその話を聞いて、もうこの映画は、「聾唖でも美人なら幸せになれる」という話に違いないと勝手に決めつけてしまった。

 そういうわけで、人情話に文句つけてはいかんと思いながら、いろいろ考えてしまうだめな私なのである。だってね、「いいではないか〜」って、おつきあいをはじめてみたら、彼女がすげーやな性格だったらどうするんだろう。そんなことあり得ないって思ってない? そこには「障害者は必ず美しい性格」っていう幻想がないか? そういうの、「聖なる障害者」っていうんでしょ? 性格の悪い、しかもブスの障害者はどうすりゃいいんだ、なんて考えてしまったよ。関係ないのに。

 関係ない話ばかりですんません。このへんで。

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