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花猫がゆく

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「アパート」訪問

音楽館

 大おば様に「ミナってどんな漢字を書くの?」と聞いてみた。まるで日本の名前のようだからだ。すると「うーん、何だったかな」と言いながら、うんうんうなって結局はっきり思い出せなかった。それくらい韓国ではめっきり漢字を使わなくなっているのだ。

 しかし漢字になじんでいるはずのこの世代で、しかも自分の娘の名前がわからないとは……。ちなみにオンニは自分の息子の名前を、聞きもしないのに漢字で教えてくれた。誇らしげに「尊国」と紙に書いて。要するに、本人の自覚次第ということだ。

 ミナの漢字は研究室のドアの名札でわかった。青江美奈のミナではなかった。「a我」と書くのだ(ちょっと中国料理屋さんっぽい?)。
 ドアを開けるとミナ・オンニは非常に暖かい笑顔で迎えてくれた。大学でピアノ教師をしてるということでちょっとお高い人を想像していたが、見事に外れた。一目で善人だとわかるような、暖かい雰囲気の人だった。若い頃に事故をしたという片足を(これはあとで母に聞いた)すこし引きずっていた。彼女は軽度の障害者だったのだ。

 広い研究室にはソファが置いてあり、奥にはグランドピアノがあった。オンニとソングッはここには来慣れているらしく、勝手知ったる様子だった。
 ジュースなどごちそうになったあと、とりあえずミナ・オンニのアパートに行くことになった(韓国ではマンションのことをアパートという。そもそも「マンション」のほうが英語としては変なので、こっちのほうがまともである。ちなみに発音は「アパートゥ」)。

 建物を出たところには藤棚とベンチがあり、数人の学生が談笑していた。驚いたことに、学生達は私たちが目にはいるとさっと談笑をやめ、一斉に立ち上がってこちらに向かって礼をした。先生がいたからだ。ミナ・オンニも軽く会釈をした。さすがは儒教の国。先生の威厳というのはここでは揺るぎないものなのだ。

ロッテ・アパート

 ミナ・オンニの車に乗せてもらい、彼女のアパートに向かった。アパートまでは車で15分くらい。
 韓国のアパート(マンション)はどれも同じようなスタイルで、まずもの凄く背が高い高層建築で、林立して建っている。日本の集合住宅とはちょっと様子が違う。ひとつひとつの建物が細長いのだ。しかも建物の外壁には白地にピンクやグリーンの色が塗られ、かなりカラフルだ。ちょうどあの、コピー商品がいっぱいあった歯ブラシのように。
 韓国に初めて旅行した人はこの異様な建築物を見て、必ず「あれは何だ」と尋ねているはずだ。

 彼女のアパートはテグ郊外にある「ロッテ・アパート」だった。あのロッテがマンション事業もやっているのである。彼女の部屋は18階建ての棟の最上階だが、他の棟は24階まである。部屋の中はとにかく広々としていて明るく、そして豪華。風呂とトイレは一体型だが広くて豪華で、まるでホテルのよう。正直言って、ちょっぴり成金趣味な感じがいかにも韓国っぽい。

 とにかく広いリビングの床は見たところ木の色をしているが貼りものである。他の部屋も全部ビニールを貼ったような一見安っぽい床に見える。なぜかというと、全ての部屋にオンドルが入っているからなのだ。

 台所側にあるベランダには、洗濯機の横に巨大な湯沸かし器があり、オンドル用のお湯もお風呂も台所も全てここから供給している。日本で見る湯沸かし器の3倍くらいあるようなやつだ。湯沸かし器にはやはり「ロッテ」と書いてある。ロッテは湯沸かし器まで作っているのだ!

 ベランダは日本と違ってサンルーム式になっている。二重扉になっていて、扉の間がひとつの小部屋になっているのだ。これが噂に聞く「キムチ部屋」なのだろう。防寒も兼ねているのかもしれない。
 南に向いて大きくあいた窓も全て2重窓だ。そして窓と窓の間はやはりスペースがとってあり、植物を置いたり洗濯物を干したりできるようになっている。日当たりがいいのでここにキムチを置くのはムリだろう。

 ミナ・オンニはこのアパートに新築の時から入居したので、建築時に変更を加えている。南に向いた窓を一部ころしてピアノ用の防音部屋を作ったのだ。韓国ではこのように入居者が建築時に注文をつけることができるらしい。

 去年、日本で新築マンションに引っ越した母は、日本ではそれができないと言って怒っていた。韓国人にはとかく日本のシステムは融通が利かないと写るらしい。新居に遊びに来た大おば様は「日本のマンション、狭いね」と笑った。このロッテアパートが標準だとしたら、そう思うのも無理はない。

 夕方、母と大おば様がやってきた。
 ここでも面白かったことがある。インターフォンが鳴ったとき、オンニとソングッは「オショッタ!」と叫んだのである。「オショッタ」とは「来られた、いらっしゃった」という意味の敬語である。韓国では親に対して必ず敬語を使うというのは知識では知っていても、実際に見るとびびってしまう。うっかりぞんざいな言葉を使ってしまっているだろう自分が怖くなるからだ。日本では親に対して「いらっしゃった」という人はまずいないだろう。言葉には気をつけねば、と思ってもついぼろは出る。

 今晩は全員で食事をして、オンニとソングッ以外は泊めてもらうことになっている。食事まで待ちきれないソングッは勝手にインスタントラーメンを作って食べていた。

 食事の時にもカルチャーショックはあった。
 食事の準備は全員でする。もしここに大の男がいたらふんぞり返っているのかもしれないが、唯一の男は子供であるソングッなので、彼も食器の準備などを手伝う。なんとも和気あいあいとしたムードなのである。この家族は本当に仲がいい。韓国の家族ってどこもこんなものなのだろうか。

 「さあ食べましょう」と大おば様が言って、全員が食卓に着き、テレビを消し(テレビは消すのである!)、まずお祈りをする。家長である大おば様がお祈りを読み上げる。今日もこの食事をくださったことに感謝しますとか、そういう内容だ。お祈りの間は全員静かに黙祷をする。そして全員で十字を切って「アーメン」を唱え、箸を取る(正確には「スッカラッ」を取る)。箸を取ったとたん、またわっと和やかな空気が戻ってくる。

 なんともこの緩急がいいのだ。キリスト教も家族も、こういう形で機能しているのだなあ、と感心する。というか、びびる。

 ちなみに在日家庭である私の家では、食事の前には母親しかお祈りをしない。他の家族は信心が篤くないからだ。母からすると大おば様の家庭は「ほら見てみろ。これが真の家族、真のキリスト教信者なのだ」と、わが意を得たり、という感じだろう。

 だいたい今の日本で、食事の時テレビを消す家庭がどれだけあるだろうか。テレビを消したらかえって話題に困るのではないだろうか。
 韓国は東洋のラテンなどと言ったりするけれど、こういう家族のあり方もちょっとイタリア的なのかもしれない。

 そういえば、ひとつ気がついたことがある。いつも口うるさくて難癖をつけたがる性格の私の母が、韓国に来てから何となく和やかなのだ。楽しそう、というわけではないのだが、ほくほくと平和で大らかになっている。これは韓国に到着してすぐ「アレ?」と気がついたことだ。やはり自分の国にいることがそうさせるのか、自分のきょうだいと一緒で安心するからなのか。

 韓国ではすべてが鷹揚だ。母親の「ノリ」にはこういう波長が合ってるのかもしれない。いつもこういう性格であれば、母の日本での苦労はずいぶん減ったことだろう。もしかして、母は日本には来なかった方が幸せだったのじゃないだろうか、なんて思ったりする。
 それとも、日本という国が人をピリピリさせるのだろうか。

神が住む部屋

 ミナ・オンニは近々コンサートを控えているということで忙しいらしい。「コンサートがなかったら、いろんなところに連れて行ってあげるのに、ごめんね」と言っていた。母は私より長く韓国に滞在するので、このコンサートを見てから日本に帰る予定だ。

 コンサートではヨーロッパから来たピアニストと一緒にドビュッシーを弾くらしい。もちろん母や大おば様がドビュッシーなど知る由もない。
 私たちが泊まった次の日も、練習があるということでミナ・オンニは朝早く大学へ行った。

 ミナ・オンニがいないあいだ、大おば様はこの広いアパートの全ての部屋を私たちに見せて回った。
 部屋のひとつは大おば様のための部屋で、大おば様専用のベッドが置いてある。トイレはお風呂と一緒になっているのとは別に、寝室の隣にもうひとつある。やはりホテル風の豪華な洗面もついていた。

 大おば様は寝室にあるクローゼットまで開いて私たちに見せてくれた。「ほらこれが舞台衣装」とか言って。プライバシーもくそもない。娘のクローゼットまで開いて見せる母親がどこにいるだろう。
 大おば様はとにかくこの娘が誇りなのだ。自慢したいのだ。

 ミナ・オンニのアパートはどの部屋へ行っても、大おば様が嫌がるような要素は全くないのだった。どの部屋も嘘のように整頓されて、乱れたところがまったくない。寝室も、トイレも、台所も、ピアノ部屋も、きれいすぎるくらいだ。
 「今日は時間がないけど、いつもなら掃除してから帰る」と大おば様は言う。ミナ・オンニには母親に見られて困るようなものや隠したいものは、何もないのだろう。

 ベッドルームなどは殺風景なくらいである。これがアーティストの部屋だろうか?独身女性の部屋だろうか?プライバシーなんて考える方がおかしいのだろうか?これではまるで、修道女の部屋のようだ。

 そうだ、この部屋には神が住んでいる。
 どの部屋にも十字架やマリア像が置いてある。リビングのソファに座るとちょうど目の前の壁に大きな十字架がドーンと見えるようにかかっている。十字架の下にはテレビとステレオがある。

 寝室のベッドサイドテーブルには、身の丈50cmほどのマリア像が置いてある。この人は聖母マリアとともに眠るということか。私の母はそれを見て「ほら見てみい、ここにもマリア様が」と喜々としている。

 でも本当にこれでいいのだろうか?部屋がきれいなのも、クローゼットの中の隅々まできれいなのも、神がいるからか?神がいつも人の見ないところまで見ているからだろうか?やましいところなどはないのだろうか???

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