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花猫がゆく

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韓国覚え書き

韓国エッセイ

読書メモ

過去の日記

慶州へゆく

 ミナ・オンニのアパートに泊まった翌日、くだんの花嫁の母が車でやってきた。慶州に連れて行ってくれるという。
 こっちの親戚たちはほんとに仲がいい。この花嫁の母は私たちが韓国に到着した日もスイカを持って大おば様宅にやってきた。おばと姪、いとこ同士、その嫁や子供とさかんに行き来があるようだ。女ばっかりというところがちょっと気になるが。

 花嫁の母の車を飛ばして慶州に向かう。テグからは約1〜2時間くらい。途中食堂で焼肉を食べる。奇妙に思われるかも知れないが、韓国に来て焼肉を食べたのは、後にも先にもこれ1回きりだ。韓国イコール焼肉と思われがちだが、実際韓国人は普段の食事に焼肉はあまり食べない。
 その焼肉は、日本で食べるものより甘い味付けで美味しかった。山ほどの生野菜やナムルの付け合わせが嬉しい。もちろんデザートのコーヒーも。

古墳公園

 まずは古墳公園。大小のお椀を伏せたような小山状の古墳が点在、ではなくぎっしりと集中している場所。そのポコポコした小山の中を縫って歩くのは、何となくメルヘンの国っぽいと言えなくもない。古墳の表面は一面芝に覆われているので、雰囲気は完全に「奈良」。ミニ若草山がいっぱいあるような感じである。鹿が出てきてもおかしくないなあ、などと考える。

 私はここで韓国に来て初めて欧米人を見た。それも集団で。
 要するにここ慶州は韓国唯一(と言ったら怒られるかなあ)の観光地なのである。韓国に来たらとりあえずここに連れてこられる。

 欧米人はいくつものツアー団体で、ある30人くらいのグループはドイツから来たと言っていた。有名な(らしい)天馬塚(天馬の絵が描かれた馬具が出てきたことからこう呼ばれている)の中では明らかにどう見てもアメリカ人!の集団がいた。アメリカ人はみんな半ズボンとサンダル履きで声も大きいからすぐわかるのである。会話の内容だって、学校でのパーティの話とかだしさ。

アカシアの香り

 古墳公園を出たら、また車を飛ばして山を登る。言葉が不自由なので今からどこに行くのかわからないが、かなり山を登っている。花嫁の母が運転しながら窓を開け、「いい匂いでしょう」と言う。ふんわりと花の匂いが車内に充満した。濃厚な匂いではなく、フワーと淡くて繊細な、とてもいい匂いだ。アカシアの花らしい。

 車窓から眺めれば、山の中は白い花でいっぱいだ。アカシアの花が満開なのである。アカシアなんてナツメロの歌詞とかハチミツの蜜源としか知らないし、実際に見たことがなかった。こんなにいい匂いがするものとは知らなかった。

 同乗していた母と大おば様の話によると、アカシアは日帝時代に日本から持ち込まれたものだそうで、韓国語でも「アカシア」と言う(「オデン」と一緒ね)。それが岩の多い韓国の土壌に合ったらしく、大繁殖したのだそうだ。確かに山の中は行けども行けどもアカシアの木ばかりである。

 車の中で大おば様がいかにも韓国人らしい話をはじめる。ここは新羅の都、慶州。新羅が高句麗を統一し、そのあと百済を統一した時、百済の王宮の女3千人が川に身を投げた話。慶州金氏が新羅で36代も王をしていたという話(自分が慶州金氏なんだよな)。一方金海金氏は1代しか王をしてない(私の父が金海金氏)。そして慶州金氏の中で2人の女帝があって、そのうちの1人は名君の誉れ高く、その女帝の時代に百済を統一したのだ、って話・・・。

 知らない方のために言っておくと、この「慶州金氏」とか「金海金氏」とかいうのは「本貫」というやつで、大きな意味の一族みたいなもの。同じ金さんでもいろいろあるのである。もちろん朴さんにもいろいろある。少し前まで同じ本貫を持つ者同士は結婚できなかった。同族だからね。

石窟庵

 目的地に着いたらしく、車は広い駐車場に入った。駐車場の中には観光バスがいっぱい止めてあり、それがひっきりなしに(といっても大型バスなので動きはトロい)出たり入ったりしている。
 駐車場の向こうには大きな寺の門のようなものがある。車を降りてそこから入ると山道があって、さらに歩いて登らなければいけない。

 観光バスの主はどうやら韓国全土の中高校生らしい。慶州は韓国の京都と言われるだけあって、全国から修学旅行生が押し寄せる。まあ最近は日本の修学旅行は外国に行くのかもしれないけど、韓国で修学旅行というと、とりあえず「ここしかない」らしい。山道は制服を着たガキンチョでいっぱいだ。

 韓国人はとにかくエネルギッシュな人が多いが、それは子供でも言えるのだと痛感した。とにかく、めちゃめちゃうるさいのだ。日本人の高校生とは比較にならないくらい、うるさい。やはり食い物の違いだろうか。ギャーギャー騒ぎながら(暴れながら、と言ってもいい)土煙を巻き上げてガキの集団が追い越していく。私たちに肩や手が当たっても、平気で突き飛ばしてゆく。何が儒教の国だ。うちの母までが「韓国人はうるさいからなー」とぼやいている。ガキの巻き上げる土煙であたりは真っ白だ。目が痛い。

 どうやら頂上に着くと、そこには洞窟のようなものがあり、目的のものはその中にあるらしい。行列は少しずつその中に吸い込まれてゆき、少しずつ反対側の穴からトコロテンのように押し出されてくる。

 そうかあ石窟庵かあ、とようやくわかる。列に混じって中にはいると、ガラスの向こうで真っ白な釈迦如来像がこっちを向いている。大仏みたいに大きいものではなく、3mくらいだろう。たしかに美しい。日本の仏像は黒光りしてるのが多いが、これは純白と言っていいほど真っ白で、それが昼なお暗い洞窟内でライトに照らし出されているのである。
 大おば様が言う。「額についてる宝石は、昔はダイヤモンドだったが、日本人が盗っていった」あーあ、また悪者になってるよ日本人。

 ところで入場料についてだが、古墳公園も石窟庵も、老人(64歳以上と書いてあった)はタダである。軍人も普通より安い。老人はどこに行ってもたいていタダ。と、これはさすがに儒教の国。

 再びガキンチョの砂煙を浴びながら山を下り、駐車場でアイスクリームを食べ(韓国でもこういうところで売ってるのは高い)敷地を出る頃にはもう夕方近かったが、まだ大型観光バスは入ってくる。そして大勢のガキンチョを吐き出している。もしかして修学旅行のシーズンだったのかもしれない。

素通り、そして普門湖

 山を下りる途中、仏国寺の横を通りかかった。花嫁の母は「見たいか?」と言ってくれたが、仏国寺の駐車場も観光バスとガキンチョだらけ。いいかげんうんざりしていた母と大おば様が「もういい!行こう行こう」と言ってバス。私としては韓国のケバい寺、見たかったけど。

 途中で国立慶州博物館の横も通る。大きくてりっぱな建物。花嫁の母も「ここは見る価値がある」と言っていたが、こちらはお休み(修理中だったかも)のためやはりパス。

 で、着いたのは美しい湖、普門湖。噴水なんか吹き上げちゃって、まるでレマン湖。と思ったら、やはりこれはレマン湖をイメージして作った人口湖(もともとは池だった)で、朴正熙の肝入りで開発された一大リゾート地域なのだそうだ(あとで本で読んだ)。でもなかなか成功してるぞ。雰囲気あるある。湖畔では欧米人が自転車で走ってたりして、えーここが韓国?って感じだ。

 実際、慶州は他の韓国の都市とはかなり雰囲気の違う、特別なところのようだ。韓国独特のゴチャゴチャしたところがない。泥臭くない。すっきりと洗練されてるし、エキゾチックだ。新羅時代の古都ということで京都によく例えられるが、当たらずとも遠からじ。しつこいようだが、欧米人が多いのもわかる(だって、テグでも釜山でも白人はひとりも見たことがないのだ。ソウルで米兵を見かけたくらい)。

 韓国といえば「強烈で個性的な大衆」を連想しがちな私、このノーブルな雰囲気も確かに韓国の一面なのだなあ、と発見いたしました。
 ここなら少しくらい住んでもいいかなあ、と思ったりして。私って、ガイジン?

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